giggnet

小 説 劇 場

登場人物


杉本勇

後藤ひろみ

上村幸枝

上村幸子
『幸子』
〜第3話〜

 「幸子あんた何考えてんの!?」
 幸枝の声が廊下に響きわたった。自分の子供が16才にして想像妊娠(注1)をしたという現実を幸枝は受け止める事ができなかったのだろう。しかも幸子は『産みたい!!』そう言ったのだ。幸枝は親として母として、同じ女として、どう対処すべきなのかわからなかった。混乱していた。頭の中は完成が見えないルービックキューブ(注2)のように、そして、自分の意志とは別のところで口が勝手に動き出している。幸枝は幸子に罵声(注3)を浴びせるしかなかった。『恥』というシールを貼るかのように‥‥。
「お母さん落ち着いて下さい」
 その声で幸枝の頭の中は一瞬にして六面全てが 『恥』という文字でルービックキューブが完成した。世の中のありとあらゆる『恥』を背負わされているかのようだった。
「お母さん、まずは幸子君の話を聞いてあげないと。 幸子、ほら幸子、話してごらん」
 後藤は包み込むように幸子に声をかけた。後藤の目にはやさしさが満ちあふれていた。幸子を一人の生徒としてではなく一人の女性として自分の恋人にでも問いかけるように問いただした。
「お母さん聞いて‥‥。私生まれてきて今までなんにも楽しい事なんてなかった。全然おもしろいって思う事なんてなかった。でもね、この子ができて私変わったの。今生きてる。そう、生きるんだって気がするの。だから産ませて。この子を産ませて、お母さん、お願い、ねぇお願い」
 幸子は静かに、そして力強く言い放った。想像妊娠をしている幸子が言い放った。
「相手は誰なの?相手は一体どこの誰なの?」
 そう幸枝は幸子に問いただした。幸枝にとって幸子は目に入れても痛くないくらいかわいい一人娘で、あんなに素直だった幸子を、ここまでリアルに強烈に想像させ、しかも想像妊娠までさせてしまった相手とは一体、誰なのか?幸枝にとって気が気でなかった。
「ロバルト・ロベルト・Jr(注4)です」
 杉本が答えた。「えっ!?」幸枝は耳を疑った。今確かに杉本は外国人の名前を伝えたのだ。でも、まさか、幸子に限って外国人の人と‥‥。
「はい、もう一度言います。相手の男性はロバルト・ロベルト・Jrです」
 杉本の声には因数分解(注5)の質問にでも答えるような職務的な響きがした。


(注1)想像妊娠:頭の中でいろいろと思い描いてしまい、性交を持たずして妊娠してしまう事。
(注2)ルービックキューブ:六方面の立体型の玩具。

(注3)罵声:大声でののしる事。どなりつける声。(例)「この売女め」「このメスブタめ」「この淫乱め」
(注4)ロバルト・ロベルト・Jr:ゲルマン民族の一派で、イギリス国民の主流をなす民族、アングロサクソン人。勇敢な猛者で強靱な肉体を持つ。体は大型で色白でつやがある。5月中頃から6月下旬頃までが交配期となり、石灰石を多く含む海岸で交尾が行われ多くの子孫をのこしたロバルト・ロベルトの息子。
(注5)因数分解
x2+2x=x(x+2)

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