giggnet

小 説 劇 場

登場人物


杉本勇

後藤ひろみ

上村幸枝

上村幸子
『幸子』
〜第1話〜


 夕日が射し込む教室に幸子と担任の杉本は向かい合って座っていた。グラウンドには、さわやかな秋風がささやいているというのに、この教室だけは重く生ぬるい空気が漂っていた。
杉本にとって、幸子はつい先日前までは、他の生徒となんら変わらぬ生徒だった。幸子についての印象といえば、一学期の学級委員長で校則をしっかりと守り、朝、学校につくと制服から体育着に着替え、最近メガネからコンタクトレンズに変えたというぐらいの印象しかなかった。そんな幸子が何故・・。杉本の頭の中で、そんな思いがスライドのように浮かんでは消えていた。杉本はうつむいている幸子に何か話しかけなければと口を開いた時、教室の古く乾いた扉が勢いよく開いた。
「遅れて申し分けありません、私、上村幸子の母です」
 上村幸子の母、幸枝は、学校の近くにあるスーパーの生鮮売場で働いている。小型店ながら商品は品揃えが良く、鮮度も良く、味も良いと近所の主婦達の間では評判の店らしい。幸枝はパート帰りに急いで来たらしく、額には採れたての真珠のような汗を光らせていた。汗の臭いと魚の臭い、そして安っぽい香水の臭いを交互に出しながら、幸枝は遠藤に深々と頭を下げた。
「あっどうも、担任の杉本です」
「いつも娘がお世話になってます」
 慣例ともいうべき会話を交わしながら、杉本は幸枝をじっと見据えていた。生臭い。それが杉本の幸枝に対する第一印象だった。幸枝を見ながら冷蔵庫にしまってある、マグロの賞味期限が今日までだった事を思い出していた。時計の針だけが何も考えぬかのように、カチカチと音をたて、当たり前に進んでいた。
杉本は重苦しい空気をうち破るかのように思い切って切り出した。
「最近 、幸子君の方もちょくちょく保健室の方に通ってたみたいですし、ま、私の方でももう少し早く気付いていれば・・・お母さん、家庭の方ではどうだったんですか?」
「はい、私の方も仕事が忙しく幸子と接する機会があまり無く・・」
そう答えると幸枝は言葉をつまらせた。
「幸いこの事は他の生徒達には知られていないんで内密に対処していきたい、そう考えているんですよ。まぁ学校側といたしましても、こういった事態が全く無かったもので、どう対処していいか正直わからないんですが・・・」
そう言うと杉本は言葉をつまらせた。
「遅れて申し分けありません 」
教室の生ぬるい空気に後藤ひろみは生ぬるい秋風を 運んできた。後藤ひろみはこの学校で保健体育の教諭をしている。色黒で体ががっしりとしており、いかにもスポーツマンといった感じの風格だ。現に、スポーツマンでこの学校でも女子ソフトボール部の顧問をしている。いましがたまで部活の指導をしていたらしく、体中汗でびしょびしょにぬらし、白いタンクトップからは浅黒い肌がすけていた。
「どうも初めまして、この学校で 保健体育の担当をしております後藤、後藤ひろみです。」
白い歯をちらりとみせながら後藤は幸枝に挨拶をし席についた。男臭い香りで覆われている後藤をいやらしい目でみている自分に気付き、幸枝は恥ずかしく、また胸の高鳴りを感じていた。
----あたしたら、こんな時に・・----
 教室の外では野球部の生徒達が練習が終わったらしくグラウンドに向かって「ありがとうございました」と大声で礼を 言うのが聞こえていた。その声には感謝の気持ちは感じられなかったが、教室にいる4人には、これから起こる衝撃的な出来事を予感させる響きを漂わせていた。

[第2話へつづく]


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